宮崎コラム そのまんまこくばる(デリヘル 風俗 )
宮崎と言えばこくばる、こくばるといえば宮崎。そう「どげんかせんといかん!」でお茶の間を賑わせた、そのまんま東こと東国原英夫ですね。
そもそも、芸名であった「そのまんま東」という名前の由来をみなさんはご存知だろうか?なんでも、たけし軍団メンバー全員の芸名を変えるという宴席で、名前を決める順番がたけし軍団の新しいほうから順番に決めていくことになっていたそうです。そのため最後で、全員が泥酔してしまっていたために自分だけ新しい芸名が与えられなかった東国原が「師匠。私は名前はどうなるのでしょうか?」と聞いたそうです。芸名を思いつかなかったたけしが「お前はそのまんま、“東”だよ」と言ったのを、当時書記係だったラッシャー板前がメモしてしまい、これがそのまま芸名となったという話です。そのまんまさんはたけしの一番最初の弟子なのにこんなテキトーで芸名も後回しにされてたなんてなんだかかわいそうですが・・・
そのまんま東ですが、知事になるまえにもいろんなエピソードをもっています。
まず、ちょんまげ事件です。なんと加賀まり子の頭に自分のチ○コをのせて「ちょんまげ」と言い放ったというんです。2003年の夏に放送された壮絶バトル花の芸能界でせんだみつおに暴露されました。一方、加賀はまったく怒らずに呆れ顔で「はい、はい」といいながら頭から下ろしたらしいんですが。
また、テレビ番組で細木数子に「テレビに向いてない」と言われたこともあるそうです。
そしてなんといっても有名なのがフライデー襲撃事件です。
1986年12月8日、たけしと交際していた当時21歳の専門学校生が、雑誌「フライデー」の契約記者に校門で取材を受けた際、軽症を負い、さらに自宅まで押しかけられた上、大声で騒がれるなどの常軌を逸した取材を受けたそうです。たけしはフライデー側に過度な取材に対しての抗議をし、説明と謝罪、当事者の名前を明かすよう求めました。フライデー側は淡々と矛先をかわす姿勢を貫き、これらを拒否したそうです。これに怒ったたけしは「今から行ってやろうか」と通告、翌12月9日の深夜3時過ぎ、たけし及びたけし軍団関係者は講談社本館の同誌編集部を訪れた結果、暴行傷害事件へ発展したというものです。
ただ、「師匠が行くなら俺たちも」と愚直に、たけしと共にフライデースタッフに飛びかかる軍団を尻目に、そのまんま東は入り口付近でタバコを吸いながら傍観を決め込んでいたというからなんともいえません。また、「“酔っていて記憶がない”という言い訳を作るため、あらかじめ缶ビールを飲んでいった」とか・・・「しぶしぶ後ろをついて歩いて最後にエレベーターに乗ったら、出る際には一番前になってしまった」など襲撃に対して消極的だったと思えるコメントを事件後にしているんですね。
ただ、この不祥事後に謹慎処分となったたけし軍団ですが、そのまんま東は自粛していた1987年に書いた推理小説『ビートたけし殺人事件』がベストセラーになっちゃったんです。翌1988年にはTBSでドラマ化までされています。
さらに、そのまんま東は女性問題でも度々お茶の間を騒がせていますよね。過去2回離婚の経験ありです。かとうかずこさんと離婚したのはまだ記憶に新しいですもんね。
出会いは先述したテレビドラマのヒロイン役がかとうかずこさんだったんですね?。
かとうかずことの離婚後に「前々から政治家になりたいと思っていた」と言っていて、本人の発言やブログの記事からも政治への強い関心を見せるなど、タレント時代から政界への進出を考えていたそうです。謹慎中に入学した早稲田大学第二文学部では、卒業論文のテーマとして選挙活動を扱ったほかに、卒業後も同学政治経済学部に再入学して地方自治を専攻しています。同学部入試において出題された小論文の「入学後に学んだことをどのように社会に還元するか?」との課題に対しては、「地方自治を学び、それを実践する」という主旨の論述を明確に展開していて、この頃までに地方自治への進出志向が確固たるものとなっていたんですね。
選挙活動中は芸名の「そのまんま東」でしが、県知事に就任してからは本名の東国原英夫で活動しています。もはやこちらの方がメジャー化していますね。芸名も東国原の方がインパクトあって良かったように思えます。
作業服で初登庁したり、「椅子をパイプ椅子に変える」「こんな立派な机もいらない」「退職金は出来高払い。議会がいらないと言えばいらない」など言動が地元では好意的に受け止められています。知事専用の公用車について、当初は「廃止する」といっていましたが、燃費や他の手段を使った場合のコストなどの問題を考えてか、車種をトヨタの「センチュリー」から、ハイブリッドカーである「クラウンセダン」へ乗り換えました。これにより年60万円の公費削減となったそうです。似たような理由で知事公舎にも住んでいないそうです。ちなみに置き換えられたセンチュリーは競売に掛けられて、255万円で落札されたそうです。また副知事車両、出納長車両も同様に競売に掛けられ落札されたそうです。
最近でこそメディア露出は控えめになりましたが、報道番組やワイドショーに連日報道されたり多くの特集が組まれるようになっていましたよね。積極的にマスメディアに出演して宮崎県の宣伝を行っていて、自らを「宮崎県のセールスマン」と呼んでいます。
宮崎県のセールスマン、そのまんま東改め東国原英夫!これからもどんどん宮崎を盛り上げていってほしいものですね。
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